国宝 浄土寺浄土堂へ〜2
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国宝 浄土寺・・・正確には極楽山浄土寺といいます
鎌倉時代に焼失した東大寺再建の大勧進職(再建の総責任職)を勤めた
重源上人開山のお寺で宗派は真言宗になるそうです
この寺を語る時に必ず付いて廻るのが夕日に照り映えて赤く染まる阿弥陀三尊立像・・・
でもそれはちょっと違うようです・・でもその前に〜
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浄土堂の大屋根の覗かせる石段を登るとすぐに全容を見渡す事ができます
浄土堂は国内に現存する天竺様建築としては2棟しかないうちの一つ・・
「空間の行間」磯崎新/福田和也 著によると天竺様とは必ずしも天竺=インドではなく
「唐の奥にあるよくわからない存在としての天竺」と解説しています
きっとゴダイゴが歌った遥かユートピアとしての天竺につながるイメージですかね〜
まぁそれはおいておいて・・
外観から受ける印象はピラミッドのような屋根と一見シンプルなようにも見える壁面
全体にすっきりまとまった印象からそんなに大きさを感じられませんでしたが
建物の中に入ると外観からは想像出来ない広さを感じます
天井を張らず目に入るのは中央の阿弥陀三尊立像と台座と数台の棚
釈迦三尊立像と台座を囲むように4本の柱と特異な形状の梁ぐらい
四方の壁から天井裏の頂部まで見渡す事ができます
そして明るさ
といっても人工の光源はつかわず自然光だけなのですが空間の明るさを感じます
採光は西面幅いっぱいの透かし蔀戸からと南面一部の透かし蔀戸がメインとなりますが
四隅から天井裏の頂部まで光が届いている感じを受けました
そして西面幅いっぱいの透かし蔀戸を背にして立つ阿弥陀三尊立像も本来逆光なんですが
暗がりにならず充分細部までみられる明るさがありました
堂内の彩色に秘密があるようですね桟や柱は朱色に壁面は白色にそして
特徴的な四隅の梁と天頂部付近の梁の底部にも白線状に彩色があり
トップライトの効果をだしているように感じました

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上の2枚の写真は特別に許可をいただいて撮らせて頂いたものですが
自然光のみでフラッシュはたいていません
ただ西側の透かし蔀戸が近いのとかなりの低速シャッターで写していますが
堂内の明るさとしてはかなり近い雰囲気がでていると思います


そんなこんなで興味深げに堂内を見て回っていたら
ご住職の代理で案内をされているご住職のご友人の方で
宗派は違うけど浄土堂に惚れ込んでいて頼まれたらことわれへんのやという方に
色々浄土堂について詳しく教えて頂ける機会を得ました
(この日は小野市の観光ボランティア?のガイドさんもいてはったのですが・・・)
ただ・・情報量が多く予備知識もあんまり無かったので・・
だいぶんオーバーフローしちゃいましたけど(汗)
建物の構造の特徴や重源上人の事など面白いお話そして始めの方で書いた
赤く照り映えるうんぬんの話・・・
重源上人が具現化したかったのは実は夕日に赤く照り映える三尊の姿ではなく
西面蔀戸から差し込んだ陽光が床面に反射して東面屋根裏にあたり更に反射して
阿弥陀三尊立像の正面を照らします
また阿弥陀三尊立像背面の蔀戸から入ってくる西日による逆光効果もかさなって光の中から
雲にのった三尊がさながら宙に浮かび上がったように見えるように
あたかも阿弥陀様が観音菩薩と勢至菩薩を従えて西方浄土より来迎にこられたさまを
目で見て感じられように建物・彫像・採光を駆使して具現化したとのことです
ベストな季節は8〜9月やや日が傾きかけたころ天候にもよるそうですが
条件が揃えば体験出来るそうです・・・
この日の陽光は・・・たしかに快晴でしたがさすがに盛夏の力強い陽光ではなく
秋晴れの穏やかな陽光と僕自身が感じ得るまでの精進不足で
浮かび上がる様は感じ取れませんでした・・・また出直しておいでって事だと思います

しかし・・・この浄土堂って考えようによっては日本最古のインスタレーション作品で
最も長く展開されているインスタレーション作品なんじゃないだろうかと思ってきた・・
もちろん創建当時にそんな概念はなっかただろうけど・・・
現代の芸術概念通じる事を考え出してしまった重源上人ってすごい・・・


建物としての浄土堂も興味深いのですが
阿弥陀三尊立像も特徴的です
阿弥陀仏は四本の木材を縦に組み合わせてあり
両脇侍仏もそれぞれ二本ずつ縦に組み合わせた木材から彫刻されているそうですが
阿弥陀仏・両脇侍仏は壇上に安置されているのではなく
阿弥陀仏・両脇侍仏の組み合わせた木材は地中まで伸び埋め込まれていているそうです
彫刻の際も柱状に起立した状態から御仏の姿に彫り込まれていったという記録があるそうです
浄土堂と阿弥陀三尊立像とは一体のものとして建立したのには
重源上人が表現したかった浄土思想を目に見える形で表現するためであり
表現の要である御仏の配置が後の世で一切の変更がなされないように
地面に固定してしまったのでしょう・・・(勝手な推測ですが・・)

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浄土堂は建久三年/西暦1192年(あっイイクニツクロウ!だ・・)に
天竺様の建築様式をもちいて建立され
阿弥陀仏・両脇侍/観音菩薩・勢至菩薩の阿弥陀三尊立像は快慶一派によるもの
昭和三十二年に解体修理が開始されるまで770年間一度も解体される事無く
風雪地異に耐え続けて荒廃はしたものの建立当時のすがたのまま持ち堪えていたそうです

昭和三十四年に解体修理をおえてから既に半世紀近くたっているのですね・・・



浄土寺へは小野市らんらんバスが便利かも・・アメニティ循環ルートで〜
by makiof | 2007-10-30 18:06 | KOMAで散策


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