さくら咲く
今年も桜が咲き始めました

毎朝通勤の時に目にする桜の木も
日に日に咲く花が増えてきています
そんな本日は
仕事終わりに会社近くにある神社さんをのぞいて来ました
6〜7分咲きな感じでしょうかね
決してまだ早いって感じではもう無いです

桜を追いかけて大陸からようけのお人が押し寄せてくるんでしょうね
何をしに来られるのか知りませんが・・・
まぁ日本人と同じで花見に来るんだって言うんでしょうけど
同じなんでしょうか?

さくらのサは田の神さま
とか稲の神さんとか
クラは磐座のクラ
神さんが依代となる処を示す言葉とも聞きます

田の神さんが山から苗代作りの時を告げる為に桜の木に宿り
花を咲かせて農耕労働の季節の到来を告げて
さあ働けとばかり花を散らして山へと帰って行く

ほんのひと時
田の神さんと秋の実り収穫を願いつつ
しんどい農作業続く日々を迎える前にひと時
田の神さんと戯れる
そんなイメージが桜の花にはあるような気がします

思えば日本に暦と言うものが伝わって来る前から
日本人は自然が見せる森羅万象を手掛かりに
稲作や日々の暮らしをしていたと聞きます
山に積もった雪が斜面で解け始めてつくりだす模様を
人や動物に見立てた雪形や
さくらの開花を頼りに苗代をつくるとか

生活の基幹にある稲作と深く結びついた桜は
花々の中でも特に心に深く刻まれているように思います

桜の花と言えばパッと咲いて潔く散って行く
ってイメージも
さぁ仕事の季節の到来だ!って
意味で捉えると感じ方が変わるかもです

学校の入学式に桜が似合うと感じるのも
勉学の季節に到来を告げる象徴なのかもですね

何かの始まりを告げる花として桜の開花を待ち焦がれ
散る桜花に さてと始めるか と何処で気を引き締めている
意識してなくても

そう考えると
秋の紅葉も暦も天気予報もない時代には
きたる厳しい冬の到来を予兆させるサインだったんでしょうか
色づいた樹々がやがて葉を落としたら
野や山が雪に閉ざされる季節も遠くない
芝を集め寒さに耐える覚悟と準備を始めよというサイン
でもそんな季節の前のひと時
短くなった日差しの陽だまりで紅葉眺める

ただただ花に綺麗と浮かれてるんではなしに
その後に来る季節に備えてのひと時のリラックスタイム
農耕との直接的な関わりが薄くなった暮らしの中にいても
そんなのが精神的な遺伝子の中に
組み込まれているような気がするこの頃です

そう言えば
各地で桜の開花を告げる基準木はソメイヨシノ
ソメイヨシノは愛でるために品種改良された園芸種
綺麗ですけどね
でもやっぱり古来種が好きですね
花が小さかったり派手さは少ないですが


なんか取り留めのないことをつらつら書いてしまったなぁ
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帰り道に東寺餅さんで季節の和菓子買ってしまいました

ちなみ東寺の大きな枝垂れ桜 不二桜は
本日二分咲きのようです


by makiof | 2018-03-25 00:30 | 日々の雑感


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