立秋で思い出したんですが・・・
何やら気象関係者が
立秋を含む二十四節気七十二侯はそもそも中国からもたらされたもので
日本の季節に即してないから新しい暦を作ろう・・・なんてことを画策しているようですが

どうなんでしょうかねぇ〜

”宵”って表現は判りにくいから「夜の始め」に変えましょう
なんてことを言いまして・・・
宵って言葉が判りにくいといいながら「夜の始め」はその時間を明確化したのかというと
結局あたりさわりのない”なんかわかったようなきがする”気分の表現に変えただけで
言葉が持っていた文化性をばっさり切り捨てただけのうすっぺらさが気持ち悪いんですが・・

判りにくい表現は説明をして判ってもらう努力をして伝えるのが文化

そんな感性の持ち主の気象関係者がどんな暦をつくれるのか見物ではあるんですが・・
それにどうせ東京中心に新しい暦を作るんでしょうが
季節感の薄い都会の窓から望む季節とスパコンで数ヶ月後の天気の予測する感性の中で
生み出される薄っぺらくも耳障りだけは妙に良いだけの言葉がならぶであろう暦に
なにか期待出来るのかと言うと否としかいようがないんじゃないですかねぇ
だいいち南北に長い日本列島ではなんにしたって北の郷と南方の里では
同じ日付でも吹く風の季節は全く違うはず

たしかに立秋と言われてもまだまだ暑いし何言ってるの?って
言う人もいるだろうけど・・
ちょっと観察眼を働かせて辺りを見ると・・・
夕方の陽の斜光にふと秋へ向かっている気配を感じたり
陽射しの輝きの中に夏の終わりを感じたり
朝夕の風の温度が少しやわらできたり
夏ではない次の季節へゆっくり移ろってゆく
兆しとしての”秋”を感じることが出来る様になってくる候
それが節気”立秋”じゃないんでしょうかねぇ
季節そのものが来た・・んではなくその季節の兆しを感じ取れそうな時候になりました
ということなら別に今の二十四節気七十二侯でも悪くはないと思うんです

そんな風に二十四節気七十二侯を生活に取り入れながら
何百年と生き続けてきた暦の重さは
単純に中国生まれの暦だからねぇ合わなくて当たり前なんだって言ってしまえるもんでは
ないはずなんですけど・・・

ただ単純に中国生まれの暦だからって言うんだったら
少なくとももっと早い時期に国風暦が産まれていたと思うんですが・・・
というか・・
日本の二十四節気七十二侯はかなり日本風にアレンジされてると聞いたんですが・・


まぁ明治初期に太陰暦から太陽暦に変わったと言うのが
二十四節気七十二侯と実際の気候がずれてしまったのが原因じゃないんですかね

なんで二十四節気七十二侯は旧暦で指し示す様にすれば
今よりは実際の季節気候に近づいてくると思うんですけどね
by makiof | 2012-08-09 23:26 | 日々の雑感


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